ヴァイオリンカフェ

ヴァイオリンという楽器について、主にその誕生について調べています。

「シャルル9世のヴァイオリン」以前

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左から マティアス・グリューネヴァルト イーゼンハイム祭壇画 1511〜1515頃/ペルジーノ アンヌンツィアータ 大聖堂のための祭壇画 1510/ガウデンツィオ・フェラーリ 奏楽天使 1535

 

   絵画や古文書の中にヴァイオリンらしいものが現れるのは、現存する楽器が作られた年代よりもう少し遡ります。描かれた楽器や文書の記述のどの辺りから「ヴァイオリン」と考えられるのか難しいところです。

 

 

 「シャルル9世のヴァイオリン」以前のこと

   ヴァイオリンという楽器を今日私たちの知る形にまとめ上げたのがクレモナの楽器製作者アンドレア・アマティでした。アンドレアはフランス王シャルル9世のために多くの楽器を作り、その一部が現在まで残っています。

 

   ところでフランス王室にイタリアのヴァイオリンが紹介されたのは1555年頃と言われています。ピエモンテを統治していたフランス元帥が、ヴァイオリニストのボジョワイユーとヴァイオリンの楽団を派遣したというのです。フランスがピエモンテを占領していたのは1551年から1559年ですから、時期も合います。

   

   この時のフランス王はアンリ2世、王妃はカトリーヌ・ド・メディシスでした。アンリ2世はシャルル9世の父で、シャルル9世の即位は1560年ですから、この時期、シャルル9世のヴァイオリンはまだ作られていなかったということになります。

 

ヴァイオリンとヴァイオリニストの登場

   ボージョワイユーと楽団の持っていた楽器が、アンドレア製作のものだったかどうか、そうだったとしてわたしたちの知っている完成形だったかどうかは、わかりません。

   どうであれ、1555年頃には既に「ヴァイオリン」や「ヴァイオリニスト」が存在し認知されていたと考えなければなりません。

 

   ここで一つ確認しておきたいことがあります。「ヴァイオリン」は何をもってヴァイオリンと認められるのか、ということです。

   アンドレアの楽器を先人たちの様々な試行錯誤の上の集大成とするなら、その試行錯誤のどこからをヴァイオリンと呼ぶことにするのかです。ただ、あまり厳密に規定しようとすると迷宮にはまりそうなので、ここでは、4弦5度調弦、指板にフレットのない弓奏擦弦楽器ということにします。

 

   試行錯誤中、発展途上の楽器は残っていないようです(無い、とは言い切れないかもしれませんが、、、)。おそらくアイディアが生まれてから完成形の出現までの期間が短かったため絶対数が少なかった、あまり丁寧に扱われることもない環境にあり完成形の普及に伴い失われてしまった、と思われます。

 

文書や絵画に残されたヴァイオリンなど

   この時期のヴァイオリンが残っていないのは残念ですが、楽器に関する記録は見つけることができます。

 

   早いものでは1520年代から、ヨーロッパ各地の宮廷の文書の中にヴァイオリンという記述があったり、具体的にヴァイオリニストの名前が挙げられたりしています。

   文書中のヴァイオリンが先ほどの定義に当てはまるかどうか確かではありませんが、既存の楽器と区別されヴァイオリンと呼ばれる楽器があったということは事実でしょう。

 

   また、音楽理論家の著作の中にはそれらしい楽器の図版や、ヴィオールとの違いをふくめた詳しい解説などが見られます。

 

   1500年代前半の絵画の中にもヴァイオリンやヴァイオリンにつながりのありそうな楽器を見つけることができます。

   天使が楽器を奏でる構図は教会の祭壇画などによく見られ、楽器も細かく描かれています。中世のフィドル、ハープ、リュート、レベック、ヴィオラダブラッチョなどなど。

 

   1600年代になると、もっとはっきりとヴァイオリンと言えるような図版や絵画が見つかります。アマティの完成形以降、もっとヴァイオリンが普及したからでしょうか。

 

   どうやらヴァイオリン誕生は1520年代あたりまでは遡れそうです。