ヴァイオリンカフェ

ヴァイオリンという楽器について、主にその誕生について調べています。

年輪年代学とヴァイオリン

 

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"Tree Rings" by pellaea is licensed under CC BY 2.0

   およそ450年前、アンドレア・アマティはフランス王シャルル9世のためにヴァイオリン(とヴァイオリン属の楽器)を作りました。そのヴァイオリンは、ヴァイオリンと呼ばれた楽器の集大成とも完成形とも言えるものでした。ストラディヴァリが生まれる80年以上前のことです。美しい装飾の施された楽器は現在も残っています。残されたもの全てではありませんが演奏可能です。

本当に?そんなに古い楽器が?本物なの?「テセウスの船」だったりしないの?こんな疑問が湧いたりしないでしょうか。

それらの楽器がどうして「それ」とわかるのでしょう。

 

 

 

楽器を特定すること

ラベルを見る

   楽器にはたいていラベルが付いていますから、まずはそれが参考になります。ラベルには製作者名、製作地、製作年代が書かれています。(量産品などでは製作者名でなくブランド名や品番、型番などが入っています。)

   ラベルが楽器製作当初のままであればこれで十分なはずです。ですが、例えばガスパロ・ダ・サロのように製作年代が書かれていないラベルや、インクが薄れたり汚れたりして読み取れなくなっているラベルもあります。

   さらに残念なことに、オリジナルのラベルが後の時代になって剥がされたり貼り替えられたりしてしまい、本体とラベルが一致しない楽器もあるのです。やむを得ない事情というより悪意ある意図によるものと思われます。こんな可能性もあるのでラベルを参考にするのにも注意が必要です。

 

詳細に観察する

   やはり、何より大切なのは言うまでもなく本体の観察です。全体のパターンやニスに始まり、特徴の現れる部分の形状や材質、仕上げ具合、サイズの計測など細かな観察をして、年代や地域、製作の流派(スクール)などを判断するのです。

   著名な製作者の楽器は図鑑や博物館の資料、オークションのカタログ、ディーラーのカタログ、弦楽器専門誌などで取り上げられているので、よい参考になります。 ちなみに楽器を特定する判断材料に「音」はありません。

   ヴァイオリンは骨董品や芸術作品とは言えないと思いますが、それらと同じように製作者の特定や価値の判断には、知識と経験による総合的な判断が必要なのです 。

   とはいえ、新たに文書が発見されるなどして、それまでの定説?が覆されることもないわけではありません。例えば、ガスパロ・ダ・サロの生年がわかったことで、それまで楽器の形状などから考えられていたガスパロの製作年代がもう少し新しいことがわかりました。そして「アンドレア・アマティはガスパロ・ダ・サロの弟子である」という説も否定されました。

 

年輪年代学による分析をする

   近年、判断材料として取り入れられてきたものに、年輪年代学による分析があります。ヴァイオリンの表板材として使われているスプルースについて、その年代を測定するのです。スプルースはヴァイオリンに限らずヴィオールや他の弦楽器にも広く使われてきた木材です

   調べようとする楽器の表板の年輪幅を一つひとつ測り、その変遷のパターンを物差しとなるパターンに照らし合わせて一番新しい年輪の年代をわりだします。ヴァイオリンの場合、同じ木から柾目にとった2枚の板を接ぎ合わせて使うのが一般的で、2枚とも接ぎ目になる側が木の外側(木の皮に近い側)になるようにしてあるので、一番新しい年輪は楽器の真ん中にあることになります。

   仮に一番新しい年輪が1645年のものだったとすると、その楽器は1645年以降に作られたということになります。実際には製材する過程で失われる年輪もあり、すぐに使われたとも限らないので、1645年「以降」というのですね。

   16世紀製作のラベルを持ちながらも、その古さについて疑いを持たれていた楽器の表板が、年輪年代の測定でもっと新しいものであると分析されたが、他の部分の特徴が示す製作年代には合致した、ということもあります。(現在のところ裏板やネックの材料については年輪年代の測定はできないようです。)このケースでは年輪年代測定によって知識と経験による判断の正しさや信頼性が補強されたと言えるのでは無いでしょうか。

   最近では鑑定書と一緒に年輪年代学の報告書が付いている楽器もあるそうです。

 

シャルル9世の楽器の表板

    シャルル9世の楽器はどうなのか、気になりますよね?

本当に450年前の楽器と言えるのかどうか。

   アンドレア・アマティの楽器も年輪年代学によって分析されました。シャルル9世の楽器を含むアンドレアの楽器5挺について同じ原木が使われていること、その原木の年代が考えられている製作年代に合致していることが報告されています。スプルースは充分古いものでした。ここからまた新たな疑問や考察が生まれているようです。

   アンドレアの楽器の表板は、接ぎのない1枚板だったり、2枚接ぎでも先に述べた「一番新しい年輪は楽器の真ん中にある」ものに限らなかったり、年輪の向きは様々でした。それも試行錯誤の内なのかどうか、、、は分かりません。